Vol.7 祖母と祖父の記憶をたどる——画集・写真集『たどる』『ひらく』が生まれるまで Collaboration with Yumi Hoshino

制作を通して

今回ご紹介するのは、建築家・星野結紗(ほしの・ゆみ)さんからご依頼いただいた、美術書制作のプロジェクトです。家族の記憶を一冊のかたちに残したいという想いから始まったこの試みは、デザインコンセプトの立案段階から関わり、UVインクジェット印刷とオンデマンド印刷の技術を組み合わせることで、小ロットでありながら高精度な糸かがり製本を実現。ゼロから組み上げた特別な一冊となりました。


家族の記憶を本にする

2025年の元旦、星野さんは絵描きである祖母・青木正子さんから「自分の画集をつくりたい」という言葉を受け取りました。半世紀にわたり描かれた100点を超える作品をまとめるため、祖父の青木知義さんが撮影とデータ化を、星野さんが編集を担当。家族による小さな制作が静かに動き始めました。やがて「祖母の歩みを確かな形に残したい」という思いから、製本を担うパートナーとして当社にお声がけをいただいたのが、2025年5月のことでした。


墨田の技術とつながる

星野さんは学生時代、研究を通じて墨田のものづくり文化に触れた経験から、その確かな技に託したいと考えていました。そうした思いを受けて、個人依頼で100部という難しい条件に応じたのが、私たち伊藤バインダリーでした。初めてお越しいただいた際、製本の工程や紙の特性をご紹介する中で、星野さんの中に表紙デザインの構想が少しずつ形になっていきました。そこから本格的な協働が始まり、試作を重ねながら細部を詰めていく日々が続きました。作品の世界観に寄り添うため、私たちは段ボール古紙を原料とした厚みのある板紙と、柔らかな手触りの本文紙を組み合わせ、糸かがりのコデックス装を提案。ページが180度に開き、絵の隅々まで自然に見渡せるよう、構造と質感の両立を目指しました。


ふたつの本が重なるかたち

今回のプロジェクトでは、祖母の画集『たどる』と、祖父の写真集『ひらく』という二冊を一体として構成しました。表紙には、ITO BINDERYの代表作であるドローイングパッドから着想を得た厚板を使用し、写真集が表紙と背表紙の役割を担うよう設計。重ねると山のイラストがぴたりと連なり、断裁と印刷の精度が際立つ仕上がりとなりました。ふたつの冊子がまるで夫婦のように寄り添いながら、ひとつの作品として完成しています。


技術と記憶が交差する一冊

家族の記憶を綴じるという行為は、単なる製本を超えたものです。素材を選び、構造を考え、紙を折るたびに、その向こうにある想いを感じながら作業を進めました。完成した『たどる』『ひらく』は、技術と記憶が交差するITO BINDERYにとっても忘れがたい作品です。



星野結紗(ほしの・ゆみ)プロフィール

1999年、栃木県宇都宮市生まれ。
千葉大学大学院建築学コース修了後、2024年より東京の不動産デベロッパー勤務。
幼少期からダンスに親しみ、音楽や空間への感性を育む。
祖父の影響でカメラを始め、旅先で風景や人の営みを撮影。
大学では建築と都市デザインを学び、千葉と墨田の二拠点で活動。
墨田区では町工場を対象とした研究を通じ、地域に根差したものづくりと人の暮らしのつながりを探求。
2025年現在、墨田区在住。


制作仕様

〈画集『たどる』〉
サイズ:天地265mm × 左右210mm
ページ数:本文112頁
表紙:段ボール古紙原料板紙(2mm厚)
本文:ユーライト(939×636mm/93.5kg・76.5kg)
見返し:タント(1091×788mm/130kg)
仕様:糸かがり製本・コデックス装

写真集『ひらく』〉
サイズ:天地265mm × 左右180mm
ページ数:本文32頁
表紙:タント(1091×788mm/180kg)
本文:ユーライト(939×636mm/93.5kg)
仕様:アジロ製本

〈パッケージ〉
画集と写真集をまとめる透明PET特装ケース。
二冊を重ねて収納することで、ひとつの作品世界として完結するデザイン。
制作年:2025年8月

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