Vol.12 工場に店があるということ 

2026年3月1日、工場内に店舗を開いてから3年が経ちました。
当時、工場の中に店をつくるという決断は、簡単なことではありませんでした。

作業スペースは確実に狭くなりますし、現場のスタッフからは本当に必要なのか?という声もありました。私自身も、正直なところ迷いがありました。
実際、窓の外から工場の中を眺めながら通り過ぎていく人はいましたが、工場内へ入ってくる人はほとんどいませんでした。オンラインで買える時代に、わざわざこの場所まで来てくれる人がいるのだろうか。

それでも店舗をつくろうと思ったのは、以前から商品をご愛用いただいているお客様が、時折工場を訪ねて来られることがあったからです。
商品を手に持って窓の外から
「ここで作っているんだよね?」
「これ、使ってるよ」
と声をかけてくださる方もいました。

工場という場所は、とかく入りにくいものです。音が大きい、少し怖い、どこから入っていいのか分からない。そして、洗練されたデザインの商品が本当にこんな場所で作られているのかと思われることもあると思います。
だからこそ、実際に見て、納得してもらえる場所をつくりたいと思いました。
大きな窓越しに断裁機が紙を切りそろえる様子が見える。
製本の作業が目の前で行われている。そして商品を手に取り、その場で確かめることができる。
工場で作っていることが分かる。
商品を見て、触って、納得できる。
そんな店にしたいと考えました。


店内に流れているのは音楽ではなく、工場の音です。
断裁機が紙を断つ音の日。
大きな綴じ機が動いていて、少し声を張らないと会話が聞こえない日。
糊を塗布している音が静かに響く日。
フォークリフトが出入りする音の日。
2階の折り機がカタカタとリズムよく聞こえてくる日もあります。

目の前で職人が作業している姿と、並んでいる商品がつながって見える。
その場で見て、納得してもらえることが、この店の役割だと思っています。

店舗を始めて分かったことがあります。
会話はとても大事だということです。
近所の方でも使ってくださっている方がいることを知りました。
海外から旅行で来て、製造を見たくて立ち寄る方もいます。
すべての商品を見たくて来る方もいます。
納得してから買いたいと話をしに来る方もいます。
話して、見て、理解して、納得して購入する。
その時間が、この場所にはあります。

Memo Blockを手に取った方が
「思ったより大きいですね」
「本当にここで作っているんですね」
「ひとつひとつ手作業なんですね」
と話してくださることがあります。
製造しているだけでは、決して聞くことのできなかった言葉です。

ITO BINDERYの店舗のデザインは、商品と同じデザイナーが手がけています。
なぜここで作っているのか。なぜこの形なのか。どうしてこの素材なのか。
商品と同じ考え方の延長にある空間だからこそ、その背景まで含めて見てもらえる場所になっていると感じています。
だからでしょうか、デザイナーの方が来られると、商品だけでなくこの工場の風景や店の空間を写真に収めていかれることがよくあります。商品が並んでいるだけではなく、その後ろにある作業や空気を感じてもらえることもこの店の役割の一つだと感じる瞬間です。

入口は日本家屋の長屋によくある引き戸です。
ガラガラっと開けるのは少し勇気がいるかもしれませんが、気軽に入ってきてもらえたらと思っています。

商品を買うためだけでなく、少し話をして帰るだけでもいい。
工場とお客様をつなぐ、接着剤のような場所でありたいと思っています。

創業160年以上続く老舗のおかみさんから、以前こんな言葉をいただいたことがあります。
「お店は3年やってみないと分からない。まずは3年頑張ってみなさい。」
あのときは、その言葉の意味すら理解できないままでした。
3年経った今、少し分かってきたように思います。
これからまた、どんな出会いがあるのか楽しみです。

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